日野自動車が行った不正についてまとめてみました。一般の方が理解しにくいであろう不正の具体的な内容について、噛み砕いて解説していきます。
なお、記載内容の真正性やその他については保証しません。
ことのあらまし
2022年3月4日、日野自動車より、以下の不正行為が確認されたことが発表された。
- 排出ガス性能試験における不正
- 燃費測定試験における不正
不正の詳細(2022年3月時点)
2022年3月4日当初の発表によると、以下のような不正が行われていた。
1.排出ガス性能試験における不正
A05Cというエンジンのうち、HC-SCRという後処理装置がついているエンジンに対して行われた不正。後処理装置が尿素SCRであるモデルについては対象外。
SCRというのは選択的触媒還元、つまり排出ガスを浄化するための触媒のこと。とくにNOx(窒素酸化物)などの大気汚染物質を除去するために設置される。
尿素SCRとHC-SCRという2つの種類がある。尿素SCRは尿素水(AdBlue)という専用液を使用し、排ガスを浄化する方式の触媒のこと。HC-SCR(尿素フリー)は尿素水を使わずに浄化する方式のもの。
※ただし、すべてのエンジンで両方の方式があるわけではない。型式や年式によって、いずれかしか用意されていないこともある。
排出ガスの環境性能を測定する試験中に、排出ガスを浄化するために設置されている触媒を交換した。
つまり、不正の内容はこうである。
① 試験中に触媒が劣化し、性能が低下することで、十分に排出ガスを浄化できない可能性が高まった。これでは型式認証で要求される排ガス清浄度をクリアできない可能性がある。
② そこで、試験の途中で、劣化してしまった触媒を別の劣化していない触媒に交換することにし、排ガス清浄度を維持させることにした。
あたかも同じ触媒で試験を実施したかのように見せかけ、型式登録を申請した。これが判明し、取り消しの処分となった。
2.燃費測定試験における不正①
E13Cエンジン・A09Cエンジンに対して行われた不正。
燃費測定で使用する測定装置のパラメータ(燃料流量校正値)を意図的に変更し、本来の燃費数値よりもよい結果が得られるように操作した。
燃料流量校正値とは、燃料消費量を測定するセンサーの誤差等を補正する係数のようなもの。本来は燃料消費量を正確に測定するために用意されているパラメーターを意図的にずらす(要するにメーターを恣意的に狂わせていた)ことで、実際より良好な燃費データが得られるようにしていたということである。
例えると、体重計のゼロ点をマイナスにずらしてから体重を測って「痩せたわ」とのたまう、みたいな話である。
この事実がバレて、型式認定取り消し処分となった。
3.燃費測定試験における不正②
N04Cエンジン(こちらも尿素SCRモデルのみ)に対して行われた不正。
アイドリング時の燃費測定試験における不正。本来はアイドリングが安定してから測定しなければならないが、意図的にアイドリングが安定する前に試験を実施し、諸元表の燃費を満たすようにしていた。
また、複数回の試験を実施し、都合の良い燃費データを選択し、型式登録時に届け出ていたことが判明した。
N04C(尿素SCR)を搭載したトヨタ製マイクロバス「コースター」やそのOEMの自動車型式を取り消される処分となった。
最終結果報告書による発表によると・・・
2022年8月2日、日野自動車は特別調査委員会による報告を公表した。
1.排出ガス性能試験における不正
不正が行われていたのは、当初発表されていたA05C(尿素SCR)だけではなかった。
以下のエンジンの排出ガス性能試験において、何らかの不正を行っていたことが判明した。
- 平成28年排ガス規制適合とされていたエンジン
- E13C
- A09C
- A05C(尿素SCR・HC-SCRの両者)
- J05E
- N04C(2019年モデルの尿素SCRのみ)
- N04C(2017年モデル)
- 平成21年排ガス規制適合とされていたエンジン
- E13C
- A09C
- A05C(HC-SCR)
- J08E(HC-SCR)
- J07E(HC-SCR)
- J05E(HC-SCR)
- N04C(HC-SCR)
このほか、これ以前に製造されていた平成15年、平成17年、平成21年排出ガス規制の車両用エンジンにおいても、なんらかの不正を行っていた事実が判明した。
ディーゼル車の排出ガスによる公害を防止するために、現在は新車販売する前に排出ガスが環境基準を満たしているか認定する制度が導入されている。メーカーが基準を満たしていることを示す試験結果を国土交通省に提出し、認定を受ける。認定を受けないと、新車販売できない。
排出ガス規制の基準は、時代や技術に合わせて更改されていく。一般的に大型自動車は排ガス規制のタイミングでモデルチェンジやエンジンの仕様変更を行う。だから、エンジンの年式を排出ガス規制の年度で発表している。
排ガス規制の基準変更は毎年行われるわけではありません。
H15、H17・・・と聞くと、飛び飛びで不正が行われていたように感じるかもしれませんが、違います。H15の次に行われた排ガス規制基準の変更がH17で、その次の変更がH21。それぞれのタイミングでエンジンのモデルチェンジを行っていて、いずれも不正を行っていたという意味です。
新車排出ガス規制の経緯(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001185984.pdf
つまり、2003年の排ガス規制以降、継続的に不正行為を行っていたということになる。おそらく2003年の規制に適合するための試験はそれ以前に行われているはずなので、2003年もしくはそれ以前から不正を継続していた可能性が高いというわけである。
方法もさまざまで、当初発表されていた浄化装置の交換のほか、測定するタイミング(測定点)をずらしてみたり、データを書き換えたり、いろいろやっていたとのこと。
2.燃費測定試験における不正
燃費測定試験の不正は、平成17年排出ガス規制(2005年)から行われていたことがわかった。
方法は2022年3月の発表の通りで、燃料流量校正値を恣意的に調整することで、諸元表の燃費を達成していた。
そもそもは、税制優遇制度の燃費基準を達成しようとしたが、達成できなかったため、始まった不正とのこと。
つまり、平たく言うと、エコカー減税や環境性能割を受けられる基準を満たすために必要な燃費を達成したかった。減税対象のほうがユーザーが購入してくれるから。が、実際に燃費を測ってみたら、基準を満たすことができなかった。そこで、燃費測定機のメーターを少し狂わしてやり、実際の燃費より良い値が出るようにしたということだろう。
以降のモデルチェンジにおいても同様の不正を続けていた。
排ガス規制同様、燃費測定試験においても、2000年代から不正が行われていたということになる。
3.産業用エンジンの不正も明らかに
日野自動車は車両用エンジンのほか、建設機械や発電機などに搭載される産業用エンジンも製造している。今回の調査により、産業用エンジンの性能試験においても、不正を行っていたことが明らかとなった。
産業用エンジンも排ガス規制があるが、その試験においても不正を行っていたとのことである。
メーカーが受ける影響
赤字に転落かと思いきや、7月28日に発表された4月~6月の決算報告によると、黒字は維持した。が、今回の一件の補償などで、最終利益が88%減少したとのこと。
国内販売台数は3400台ほど減少したが、海外販売が好調で4000台以上販売台数を伸ばした。昨今の急速な円安の流れも影響し、国内の販売台数減少についてはカバーした。
結果的に増収減益となった。
ユーザーが受ける影響・補償
すでに車両を購入し運用している事業者においては、現時点では目立った影響はない模様である。
製造分の車両は出荷してくれるとのこと。また、型式取り消しとなった車両についても、すでに稼働している車両は車検も通り、引き続き運用できるとのことである。
ただし、税制優遇制度については、影響を受ける可能性がある(と思われる)。これについては日野自動車が補償する旨を示しているが、詳細は公表されておらず、検討中のようである。
一番打撃を受けるのは下請け会社かもしれない
個人的に、今回の事案で一番心配なのは下請け会社である。
今回の事案による生産停止が長引けば、声を挙げられない下請けの中小企業が生産中止を余儀なくされ、減収、ひいては倒産に陥る可能性は否定できない。自動車産業はとくに裾野が広い産業であるため、日野自動車には孫請けに至るまで、きっちり補償してもらいたいと強く思う。
OEM提供先に対する責任も
今回の影響を受けているのは、日野自動車だけではない。
J-BUS(ジェイ・バス)として、日野自動車とともにバスを販売しているいすゞ自動車にも影響が及んでいる。
日野自動車はジェイ・バス株式会社という合弁会社をいすゞ自動車と設立しており、バス車体に関しては互いに融通しあっているという関係性にある。たとえば、いすゞが販売している観光バスは、日野が製造する観光バスのメーカー名を「ISUZU」に変えているだけだったりするし、その逆も行われている。
2022年8月2日、いすゞ自動車の発表によると、日野自動車の不正の影響により、日野自動車が製造するエンジンを搭載している大型観光バス「ガーラ」、中型観光バス「ガーラミオ」、大型路線バス「エルガハイブリッド」、大型路線ハイブリッド連節バス「エルガデュオ」の出荷停止が決定した。
こうした影響がいすゞ自動車に与える影響がどれほどなのかについても気にかかるところ。
また、建設機器大手のコベルコ建機も影響を受けている。8月2日、コベルコ建機は、一部の建設機械の新規受注を停止することを発表した。コベルコ建機製が製造する建設機械の一部は、日野自動車が製造している産業用エンジンを搭載しており、今回の事案による影響で受注停止を余儀なくされた形となる。
日野自動車はどうなってしまうのか?
さすがに倒産はないと思うが、まずは型式認定を取り戻せるかが要になるだろう。
規制基準を満たしておらず、型式認定を取り戻せない→生産再開できないというのが最悪のシナリオと考えられるが、さすがに再認定の取得に向けて既に動いているだろうし、それは避けられるのではないかと思う。
市場の動向についても、今回の件を受けて日野自動車製のトラック・バスを避けるというような動きはそれほど起こらないのではないか。たしかに出荷停止中に他メーカーに流れる可能性も無くはないだろうが、今回の不正はユーザーにおけるブランドイメージを激的に下げるような事案ではないだろう。例えば、三菱自動車のリコール隠しのように、人命が奪われるような事態とは次元が異なるし、燃費不正とは言っても、ユーザーの燃料費に如実に現れるような差があった可能性は低いと思われる。ユーザーにとって、打撃といえるほど影響があるというわけではないような気がする。
もちろん、一般人におけるブランドイメージは下がったかもしれないが、はっきり言って事業用自動車がメインのメーカーなので、実感がわかない人が多いと思う。ほとんどの人はどのトラック・バスが日野かなんてわからないと思うし、せいぜい「ヒノノニトン」の会社ってくらいしかわからないはず。
なので、現時点の私の個人的意見としていうならば、長期的視点で見れば、シェアを大きく下げるような事態にはならないのではないかと思っている。
ただし、これはあくまでも日野自動車が製造するトラック・バスについての話。今回の事案では、日野自動車がエンジンや車体を提供していたメーカーにおいても、販売中止などの大きな影響が発生している。今後、関係のあったメーカーに対し補償を迫られる可能性があり、この点については未知数である。今後の動向を見守りたい。
2022/8/22 追加記事を公開しました↓
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